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ドラクエシリーズで有名なすぎやまこういちさん作曲だったんですね!確かに似てるかもw
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メダル
年齢:
6
性別:
男性
誕生日:
2010/11/05
職業:
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趣味:
計測と蹄鉄おみくじ
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大事な事なので3回ry

始動日 2010年11月5日(第2S10月3週)

所属馬主会
Elite Troop

アカウント名 メダル

初勝利(自分の馬) 
3S 5月4週 ヒノタマストレート   

初オープン勝利 
3S 10月1週 ロンメダル

初重賞勝利
4S 2月4週 ハッピーボーナス クイーンカップ

初GⅠ勝利
4S 4月2週 ハッピーボーナス 桜花賞

クラシック3勝
5S 5月4週 

GⅠタイトル 
4S
桜花賞(ハッピーボーナス)
NHKマイルC(ハッピーボーナス)
愛1000ギニー(ハッピーボーナス)
Jマロワ賞(ハッピーボーナス)

5S
フェブラリーS(ハッピーボーナス)
ドバイDF(ハッピーボーナス)
皐月賞(レッドフェアリー)
チャンピオンズM(ハッピーボーナス)
Vマイル(ハッピーボーナス)
オークス(レッドフェアリー)
安田記念(ハッピービーナス)
宝塚記念(レッドフェアリー)
秋華賞(レッドフェアリー)
エ女王杯(レッドフェアリー)

6S
ドバイDF(コメイジライジング)
Jマロワ賞(ドライスパーク)
Mロンシャン賞(ドライスパーク)
BCマイル(ドライスパーク)
BCスプリント(ハッピーワールド)
香港マイル(ドライスパーク)

7S
ドバイDF(ドライスパーク)
チャンピオンズM(ドライスパーク)
安田記念(ドライスパーク)
Mゲスト賞(ドライスパーク)
Jマロワ賞(ドライスパーク)
菊花賞(ディープスピリット)
マイルCS(ドライスパーク)

9S
Jマロワ賞(クロエース)
Mロンシャン賞(クロエース)
南部杯(メダルキング)
BCマイル(クロエース)
香港マイル(クロエース)

クラシック
桜花賞 オークス 秋華賞 皐月賞 菊花賞

グランドスラム
宝塚記念


アカウント名 めだる

8S

Jマロワ賞(メダルキング)
香港マイル(メダルキング)

9S

かしわ記念(メダルキング)


アカウント名 めだめだ(無料)

初オープン勝利 
10S 4月3週 クロザルカヴァ
クリックするのじゃ!w
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8S愛セントレジャーでボスが3SぶりにGⅠを勝ちました。おめでとう!

ところでこのブログを1話から見た人はどれくらいいるでしょうか?
今日の話は1話の回想から始まります。


ゲーム初日の日記より

11月5日(初日)

始めたは良いけれど、何をしたら良いかわからなかったので、とりあえず課金。


無知ゆえにショップでクリフジを買うという暴挙に出る (400KP)


この繁殖牝馬はスペシャルボーナスと名づけられる。


初の種付けはクリフジ×金枠セクレタリアト


どこかで見たサイトのおすすめ配合として紹介されていたセクレタリアトがつけられる。しかし、この配合は無料ユーザーのおすすめ配合である可能性が高く、当時のプレイ状況を考えれば決して妥当とは言えない。そもそもセレクトセールで購入可能な繁殖牝馬をKPで買うのはナンセンスである。


何はともあれ、そうして産まれてきたのがメダルダブルリーチ。唯一生き残った産駆として400KP分の仕事をしてもらうはずだったのだが・・・



当時は今ほどの知識が無く、騎手もまだまだ未熟だった為、能力をフルに発揮させる事ができなかった。しかもPOを待つことなく引退という最悪の選択をしてしまったのである。


参考 第1回メダル牧場の名馬第1回
http://medal.blog.shinobi.jp/Entry/66/

その最後をこう締めくくっている。

今後は、セクレタリアト産駒では貴重な遺伝Sの種として、そしてメダル牧場にとってこの世代唯一の生き残りとして、自身が叶えられなかった重賞制覇の夢を産駒に託してほしい。と。

肝心の本人(本馬)は種牡馬生活も引退している。産駆は総じて成長が遅く、現役も多いので断定はできないが、おそらく今後も重賞勝利は厳しいと思われる。しかし、それでもあの400KPは無駄になってはいなかった。なんと孫の世代になって活躍馬が出ているのだ。


愛セントレジャーを制したステラプレイスとジャックルマロワ賞を制したメダルキング

今後もスペシャルボーナスの血を引く馬達から目を離せない。

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レッドフェアリー~変幻自在の変則3冠馬

(スノーフェアリー×カツトップエース)

生涯成績 14戦7勝(GⅠ5勝)


1.LPキャンペーン
 レッドフェアリーの父親カツトップエース。本来なら種付けは難しいが、レジェンドポイントキャンペーンを使って1回きりの種付け権を手にしたメダルオーナーが相手に選んだのはスノーフェアリー。今や希少になりつつあるレッドゴット系の種牡馬を確立させたいという狙いがあったという。しかし生まれてきたのは・・・


2.期待はずれ
 産み分けが上手い事で知られるメダル牧場だが、この時ばかりはさすがにショックを隠せなかった。種牡馬として期待されて生まれてきたその仔が牝馬だったからである。それでも聞こえてきたのは落胆の声ばかりではない。並んだら負けない根性、そしてどんなペースにも対応できる柔軟性と軽々トレーニングをこなす体力には目を見張るものがあった。


3.高い素質・・・しかし
 メダル牧場における4S産駆の中でも高い素質を持っていたレッドフェアリーだが、致命的とも言える弱点も持っていた。瞬発力不足-牝馬としては大きめの500kgを越す馬体のせいもあってかいわゆる’ズブイ’タイプの馬だった事、そして左回りを苦手としていた事などがあげられる。これらは調教過程において解消されていくのだが、決して楽なものではなかった。


4.克服
 瞬発力不足の解消の為に陣営がとった作戦は徹底的な併せ馬。レッドフェアリーが入厩した頃、一つ上の同僚馬ハッピーボーナスが抜群の瞬発力で桜花賞をやNHKマイルカップといったGⅠタイトルを手にしていた。しかし当時のハッピーボーナスは、さらに一つ上のゴッドバードと併せられていた。そこでとられたのが3頭を交互に併せていく方法である。年上2頭との限界を超える特訓。この甲斐もあってレッドフェアリーはハッピービーナスから瞬発力を、ゴッドバードからは力強い走りを教わる事ができたという。


5.デビュー
 距離的に長いところが向いていると見られていたレッドフェアリーはこの時すでにオークスを意識して仕上げられていた。8月4週秋華競馬場の芝2400m新馬戦。勝つには勝ったがクビ差辛勝。後方待機策から直線一気だったが、やはり手前を変える際にモタつくところが出ていた。クラシックの有力候補というにはあまりにも平凡な走り。ただこの結果は鞍乗がデビュー後間もないメダールであり、お世辞にもベストな騎乗とは言い難かった事も考慮しなくてはならない。


6.鞍乗変更
 その後はダートも使いつつ中距離戦線に出走して3戦0勝。結局2歳時は4戦1勝という成績に終わり、メダールは降ろされる事となった。そうして迎えた3歳初戦。代わりに選ばれたのはハッピーボーナスの活躍で売り出し中の福永洋十だった。1月2週優駿競馬場ダート2400m500万下、鞍乗を変えて必勝で臨んだレース。しかしこのレースでクビ差2着に敗れてしまう。「やはり左回り(オークス)は駄目なのか?」メダルがそう思うのも無理はないが、このレースの勝利馬が後にベルモントステークスを制する事になるラブリーエンジェルなのだから仕方がない。ただ、この時点ではそんな事が予想できるはずもなく、陣営の落胆は想像以上に大きいものだったという。


7.変わり身
 想定外の完敗から数週間。調教中のレッドフェアリーを見た調教師が’’ある変化’’に気が付き、メダル氏へ報告する。「左回りのコースでもスムーズに手前を変えていました。この感じならもう大丈夫でしょう。」苦手と知りながら敢えて左回りのレースを使ったのが幸いしたのかレッドフェアリーは弱点を克服したのだ。



8.奇策
 2月4週優駿競馬場ダート1200m。これまで中・長距離専門だったレッドフェアリーにとってかなり短く、周囲からは当然反対の声もあったという。かの3冠馬ナリタブライアンが高松宮記念に出走したのは有名な話だが、ブライアンは2歳時に経験している距離であったのに対し、レッドフェアリーの場合は初経験。この当時を振り返ってメダル氏が語ってくれた。「正直あせっていました。クラシック第1段の桜花賞まで1ヶ月半。しかしこの時のレッドはまだ500万下の条件馬に過ぎなかったのです。早く賞金を積んで出走権を取りたいという想いがありました。」
 結果的にこの作戦は裏目に出る。やはりレッドフェアリーにとって1200mは短すぎたのだ。この敗戦によって陣営は桜花賞を諦めた。


9.岐路
 3月2週の皐月競馬場。ここで行われた3歳500万下がレッドフェアリーの競争人生最大の岐路といっても過言ではない。3着までが同タイムという大接戦を持ち前の不屈の闘志でアタマ差制したレッドフェアリー。牡馬を退けての価値ある勝利であり、陣営にとっては皐月賞でも勝負できるという自信にも繋がった。


10.不敵
 この年の皐月賞は不良馬場となった。力のいる馬場を得意とするレッドフェアリーにはうってつけ。最後方からレースを進めたレッドフェアリーは4コーナー手前からスパートをかけ、大外一気で全馬を差しきるという圧巻の走りを見せた。続くオークスも不良馬場。このレースも皐月賞同様と思われたが、後方待機策が災いし、内に包まれて進路が思うようにとれない。直線に入っても前が開かず、このまま終わってしまうのかと思われたその時だった。レッドフェアリーは持ち前の勝負根性で強引に外をこじ開けて前を開けた。そのまま一気に進出し、終わってみれば2着に1馬身と1/4の差をつけ、悲願のオークスを制覇した。




オークスのゴール板を先頭で駆け抜けるレッドフェアリー





11.最強対決
 持ち前の体力を武器に夏も使われる事になったレッドフェアリーは宝塚記念への出走が決まったが、この年の宝塚記念は豪華なメンバーが揃っていた。大本命はGⅠ3つ含む6連勝中のプラズマエンジェル。前年の覇者で天皇賞春を制覇して勢いに乗るビセンテ。同じく前年の皐月賞馬トキカムイにこの年のダービー2着馬ドドスコスコスコ等サーバー開設以来最高の顔ぶれと言っても過言ではなかった。レースでは前走までと一転して先行策。直線での不利を防ぐ為だったが、これが裏目に出てしまう。先行する馬が多く中々内へ入れなかったのだ。終始外を回されたレッドフェアリーは、経済コースを回って直線に入っても余力十分なプラズマエンジェルを交わせない。こうなると武器は持ち前の勝負根性しかない。必至で喰らい付き、ゴール前数十メートルでわずかに体制が入れかわったところがゴール。2.09.1の世界レコード決着となった。
 後に関係者は語った。「最後は斤量の差が出たように思います。力では(プラズマエンジェルと)ほぼ互角でした。」3歳牝馬のレッドフェアリーは全出走馬中最も軽い51kg。対するプラズマエンジェルは56kgであり、アタマ差という着差を考えれば、斤量の差という見方も間違いではないだろう。いずれにせよレッドフェアリーはこの時点の中距離界最強馬になった。


12.海外挑戦と休養
 宝塚記念を制したレッドフェアリーはKジョージ&Qエリザベス2世Sに挑戦した。しかし結果は5着惨敗。宝塚記念の反動で万全の仕上げができなかった事とレースで不利を受けた事が原因とされている。この敗戦を受けて凱旋門賞挑戦のプランが白紙になり、休養を挟んで秋華賞で変則3冠を目指す事となった。


13.偉業
 秋華賞はレッドフェアリー以外のGⅠ馬が、桜花賞馬でオークス3着のアオイハイビスカス一頭しかいない上に15頭立てというレースになった。先行策をとるようになったレッドフェアリーにとって絶好の2番枠。3、4番手からレースを進め、残り300mでゴーサインが出されるとあっという間に先頭に立ち、他の馬に詰め寄られる事無く1.55.3で圧勝。皐月賞、オークス、秋華賞の変則3冠をレコードで飾った。
 次走のエリザベス女王杯では抜群のスタートからハナを奪うとそのまま逃げに出た。レースは平均ペースで進み、そのまま先頭を譲らずに逃げ切りとも思われたが、4コーナーで他馬に先頭を譲ってしまう。さらに後ろの馬も次々と襲いかかるが直線に入って仕掛けられると再び伸びを見せて完勝。世代最強牝馬である事を証明して見せた。


14.引退
 その後は有馬記念に出走するも、距離が長かったのか見せ場のない7着に沈んでしまう。結局これがラストランとなり、ターフを去った。これだけの実績がありながらも一番人気になったのは新馬戦とエリザベス女王杯の2回だけ。GⅡやGⅢには一度も出走せず、勝つ時はどんな位置でレースをしても圧勝、負ける時は不可解な大敗が多かったレッドフェアリー。その外見もレースぶりからも’’赤い妖精’’というイメージがピッタリとはまる記憶を残していった。


拍手

皆さんこんにちは。
笠松は6月4週を迎えております。

今日はハッピーボーナスがPOした為、予定を変更し、緊急特番「メダル牧場の名馬」をお送りいたします。


ハッピーボーナス~幾多の試練を乗り越えたハッピーホース

(キョウエイタップ×ボールドルーラー)

生涯成績 20戦14勝(GⅠ9勝)


1.略歴

 毎Sのように活躍馬を送り込んでいるメダルオーナー。この春(5S当時)の活躍は記憶に新しいところだが、馬主業を開業したのは2Sも終盤を迎えて3Sに差し掛かる頃と比較的最近の事である。他の馬主に比べて準備が遅れた事を意識していた為、開業シーズンは無理をせずに翌Sの生産に備えていた。


2.キャンペーン

 ハッピーボーナスの誕生を語る上で欠かせないのが二つのキャンペーンである。一つは繁殖牝馬当選確率2倍キャンペーン、もう一つが新米馬主応援キャンペーンである。前者でピーチハウス(キョウエイタップの全妹)を、後者でボールドルーラーの種付け権を得たメダルは、早速双方を配合する事を決める。こうして生まれる事になった馬こそ今回の主役ハッピーボーナスである。


3.素質馬?

 生まれた当時のハッピーボーナスを見てすぐに将来の活躍を予想した者は意外に少ない。気性に若干難があり、力強さも足りないように見える。蹄の特徴もハッピーボーナスより競争に適したと思われる馬は何頭もいた程なのだ。しかし、誰にも負けないものも持っていた。それが後に最大の武器となった強い心臓である。これを最初に見抜いたのは他でもないオーナーのメダルだった。


4.出会い

 気性が悪かったハッピーボーナスだが、1頭の馬との出会いが転機となる。きっかけは法改正前のルールによる運命のいたずらだった。
 よっしー牧場といえば当時すでに有力牧場の一つであり、幾多の有力馬が養生されていた。法によって競走馬の管理頭数を少数に制限されていた時代であり、成長が遅い馬の価値はそれ程高くなかった。そこで、翌シーズンも多数の生産予定があったよっしー牧場は応援の意味も込めて1頭の馬をメダルにプレゼントする。


5.変化

 素質があるとわかったとはいえ、弱点がある事にも変わりない。このままでは活かしきれずに終わってしまう。と考えたメダルは施設に大幅投資を行った。また、技術の高い調教助手を呼び寄せ、限界を超えそうな併せ調教を毎週のように繰り返した。また、相手にはよっしー牧場からもらった1つ年上の牝馬であるゴッドバードが選ばれた。
 この時を振り返り、後にメダルは語っている「闇雲に酷使したのでは馬が潰れてしまうんですよね。最新の設備やカイバで疲労を抑えていたものです。故障だけは絶対にないように。」
 これが功を奏したのか、ハッピーボーナスは次第に折り合いがつくようになった。


6.デビュー

 意外に思われるかもしれないが、ハッピーボーナスは優牝競馬場でデビューを迎えている。これはメダルが10勝前後の初心者馬主だった為であり、有力馬に賞金を積ませるには絶好の条件だった。
 レース内容はスタート直後から先頭を走り、そのまま逃げ切るという危なげないものであったが、相手関係を考えれば決して非凡という程の出来ではなかった。現に次走の500万下では差しきられてしまっている。この敗戦の原因として、ハッピーボーナスが未完成だった事に加えて鞍乗の福永洋十の騎乗ミスを指摘する声もあった。洋十は今でこそリーティング争いでも上位の成績をあげる天才と称されているが、この頃はデビューして間もなく、騎乗ミスが多かったのだ。それでもオーナーは洋十を乗せ続け、洋十もまた数々の好騎乗で期待に応えていった。


7.桜花賞

 500万下敗戦後はフェアリーステークスに出走し、2着を確保する。この辺りから強烈な瞬発力が身につき、馬体も完成の域に近づいていた。次走はクイーンカップを予定していたが、ここで陣営にとって嬉しい誤算が起こる。滅多に人前に姿を現さないと噂されている伝説の装蹄師が現れ、装蹄してくれたのだ。その蹄鉄はディープ蹄鉄と呼ばれ、使用した馬の中には3冠馬等も含まれており、走りの安定性は随一と評判だった。
 ハッピーボーナスも例外ではなく、クイーンカップは快勝だった。そしていよいよ迎えた桜花賞。しかし、出走表を見て、クイーンカップの悪夢が蘇る。「同じ枠だ・・・」あのレースは直線で明らかな不利を受けていた。直線の長い東京競馬場という事で何とか勝つことができたが、今回は阪神。東京に比べて直線は短く、内に包まれれば厳しいレースになるのは目に見えていた。
 その事もあってかレース前日までは4番人気だったハッピーボーナス。しかし当日になって異変が起こる。圧倒的一番人気。ご存知のように、馬券は1人1レースにつき300万までと法律で決められているが、他人名義を利用して次々にハッピーボーナスの単勝を買い続け、最終的に3000万もの金額を買っていた人物までいたという。
 レースではスタートから中段やや後方に待機。平均ペースで進み、3コーナーから4コーナーに差し掛かる。前方に壁があったが、持ち前の根性でこじあけて直線にさしかかったところで視界が開いた。そのまま一気にスパートし、わずかに抜けたところがゴールだった。
 馬主と鞍乗にとってのGⅠ初制覇にしてクラシック制覇。ハッピーボーナスはとんでもない仕事をやってのけたのだ。


桜花賞制覇時のハッピーボーナスと関係者の様子



8.強心臓

 桜花賞を終えて休養に入ったものの、すぐさまNHKマイルカップへの参戦が決まった。さすがに仕上がりは7分といったところだったが、ここでハッピーボーナスは桜花賞以上のタイムで優勝する。さらに勢いそのままに愛1000ギニーをも制し、春のGⅠ3連勝を飾る。大舞台に強い強心臓ぶりが如何なく発揮されたと言えよう。


9.激突

 夏は休養と思われたが、次戦に選ばれたのはジャックルマロワ賞。現役最強マイラーのソウテンマイスロとの初顔合わせが控えていた。レースでは久々での出走をものともせずにハッピーボーナスが勝利した。しかし、ハッピーボーナスが万全で出走できたのに対し、マイスロは明らかに順調さを欠いていた。それでいて差はわずかなのだから、決着がついたとは言い難い。事実、マイスロはその2週後のムーランドロンシャン賞で完勝している。それも、世界レコードのおまけつきで。


10.不調

 ジャックルマロワ賞の反動が思ったより大きかった事、レース直後に蹄鉄が壊れてしまった事から、ムーランドロンシャン賞を回避したハッピーボーナスは一旦休養に入り、秋初戦は毎日王冠からの始動となった。このレースでは快勝し、秋のGⅠ戦線へはずみをつけたように思えたが、相手関係にも恵まれたと見るものも少なくはなかった。ところがオーナーは中一週となるBCマイルへの出走を決断。毎日王冠の反動や海外遠征の疲れ、そして直線での不利も重なり、生涯最低の3着に敗れてしまう。仮に万全だったとしても相手があのマイスロでは勝ち目は限りなく薄かったといえよう。いずれにしてもハッピーボーナスは国内に戻って休養に出される事となった。
 無事に帰国し放牧されたが、その最中にまたしても驚きのプランが発表された。帰厩後わずか1週間の調整で、マイルチャンピオンシップへ向かうというのだ。迎えた本番では勝ち馬と同タイムの2着と健闘を見せるが、勝ちタイムがクイーンカップと同タイムだった事を思えば本調子に戻ったとは言い難い。「ハッピーボーナスはここまでなのか・・・」オーナーのメダルを含めた関係者の誰もがそう思っていた。


11.現役か引退か

 競走馬として完成してからすでに1S近い時間が経っていた為、残された時間はわずかと捉えられていた。その為次走は中1週でOP戦が選ばれ、難なく快勝している。ここで陣営は一つの決断を迫られることとなる。現役続行か、引退か。この時点で引退すれば1シーズン早く仔を持つ事ができる。逆に次のレースに出れば少なくとも翌Sへの持ち越しは確定。現役を続行したにも関わらず、レースで結果を残せないという最悪のケースも想定された。しかし出された結論は現役続行だった。


12.復活の予兆

 現役続行表明からわずか1週間。前走から中1週で阪神カップへと出走したハッピーボーナスは最も不利とされる最内枠になってしまうも快勝した。「現役を続行した甲斐があった。後は体の持つ限り気楽にやってくれれば良い。」
 阪神カップの反動が無かった為、中1週で京都金杯に出走したハッピーボーナスだが、ここで2着に敗れてしまう。これは過酷なローテーションと60kgの斤量が災いしたと言われているが、これが功を奏したのか、翌週の調教でパワーがこれまで以上に上がっている様子が見られた。その後は一旦休養し、復帰明け初戦はデビュー戦以来となる1200mのシルクロードステークスだったが、2着と健闘した。


13.路線変更

 次走は意見が分かれていた。フェブラリーステークスかドバイDFか。実は前のシーズンの南部杯の時からダート挑戦へのプランはあった。しかし、あの頃のダートマイル路線は層が厚く、付け焼刃のハッピーボーナスが通用するとは思い難かった為、結局は毎日王冠が選ばれたという経緯がある。フェブラリーステークスはダート初挑戦であり、好メンバーが登録されていた為、着外に沈む事も十分に考えられた。さらに、目標となっていたドバイへの影響を考えればそのままドバイに向かった方が無難であり、どちらかと言えばドバイへ直行の意見が多かった。しかし、調教師の「京都金杯後の調教で見せたあの動き。あれが気になります。」という一言が決め手となってフェブラリーステークスが選ばれた。
 芝、ダート問わずマイル路線の有力馬が揃ったレース本番。いつものように中段待機策をとり、直線一気と思われたが、ダートのせいもあってかいつものようなキレのある脚ではない。それでも1完歩ずつ差は縮まり、ハッピーボーナスがほんの少しの差で先頭になったところにゴール板があった。
 現役続行、調教方法、路線変更、レース展開どれ一つが欠けても勝つことができない僅差であり、会心の勝利となった。


14.マイル女王へ

 休養を経た後調整期間不足が囁かれる中、ドバイDFへ出走したハッピーボーナスはまたしても内枠を引いてしまう。ドバイとあってメンバーもレベルが高かった。「不利を受けて勝てる相手ではない。」レースではそういった陣営の想いをよそに、さほど不利を受ける事も無く完勝。鞍乗の洋十が一回り成長し、好騎乗が見られたレースであった。さらに、返す刀でチャンピオンズマイルを圧勝したハッピーボーナスは現役最強マイラーの座をかけてヴィクトリアマイルへと向かった。気になるのはレースの反動や帰国時の疲労だが、陣営は昨Sの反省を活かして調整方法を工夫していた。「最高の状態で出走できますよ」いつもは弱気なオーナーも、この時ばかりは半ば勝利を確信していた。
 マイル路線のダート女王ヒトミンマリン、フェブラリーステークスの敗戦から除々に持ち直してきたソウテンマイスロら有力馬の登録もあったせいか、本番は少頭数となった。レースはややハイペースとなり、後ろで競馬をするハッピーボーナスにはうってつけの展開となった。直線ではすべての馬を差し切って優勝。世界レコードを0.1秒更新した。


15.完結

 ドバイ以降放牧に出される事なく走っていたが、ヴィクトリアマイルの反動はなく、好調をキープできていた為安田記念へと向かった。ここでは絶好の大外枠を引き当て、見事に一着でゴールイン。得意の春競馬を最高の形で締めくくったと同時にマイルGⅠ5連勝の偉業を達成し、頂点に立った。


16.引退

 レースから数週が経過し、ハッピーボーナスの引退が発表された。引退式は同厩馬レッドフェアリーの宝塚記念がある6月5週に行われる予定となっている。その後は繁殖牝馬としてメダル牧場で過ごす事が決まっており、その仕事に多大な期待がかけられている。

ハッピーボーナス全成績


幼少期から現役晩年まで仲の良かったハッピーボーナスとゴッドバード

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ザールビューティ~偶然が生んだ美しい流れ
(プラチナザール×プラチナマックスビューティ)

生涯成績 9戦1勝 



1.合成1

 あれはメダル牧場発足から約半S程経過した頃だろうか。すでに第3Sの種付けは一通り終え、2歳馬達の調教が始っている。すくすくと育ってはいたが、メダルとしては物足りない感があったという。「もう少し生産しておきたい」そんな想いで日々を過ごしていた。しかし、夏が近づく頃ともなれば当S用の良質繁殖牝馬等そうそうお目にかかれるものではない。そこで目をつけたのが合成による繁殖牝馬交換権である。


2.合成2

 こうして見事にプラチナマックスビューティを獲得したメダル。その配合相手は豊富だが、候補に挙がった種牡馬はどれも中の上といった相手であり、選択には何か決定的な理由が欲しかった。「同様に合成で得たアウトニックス相手が面白いのではないか」こうして選ばれたのがザール(川の名、あるいはその沿岸の地域名)という得体の知れない種であった。


3.タフな子

 ザールビューティの幼少期といえば、ビューティという名前とは対照的にがむしゃらに訓練を積む子だった。その努力が認められ、エリート達が訓練を積んでいるよっしー厩舎へ預託される事になり、さらなる飛躍を期待されるようになった。「丈夫な子ですので宜しくお願いします。」
 余談だが、当時はメダル牧場の体力系と言えばよっしー牧場へ預託され、ウルトラタフを取得して帰ってくるのが通例であった。メダルダブルリーチ、フォルダを始めとし、無論ザールビューティにしても例外ではなく、他の馬同様にウルトラタフを取得していた。


4.成長・・・のはずが・・・

 秋になり、一回り成長してメダル牧場へと戻ったザールビューティ。当時は相馬眼がいまいちだったメダルも馬を見る目が着実に備わってきていた。すべての能力を見抜いたメダルは驚愕させられる事になる。「何だこのくそパラwwwwwwww」
 ザールビューティはプラチナ同士の配合だが、開けてみれば能力は初期馬と同等クラス。いくら何でもこれは・・・。周囲が肉だの刺身だのとざわつき始める。だが、そんな声にも動じずメダルは決意する。「この子を勝たせる!」こうしてザールビューティの過酷な訓練が始まった。


5.大敗

 遅く産まれてきたが為に、他の2歳馬より成長の遅かったザールビューティだが、早熟タイプだった為、今後も 見据えて秋と冬に1戦ずつ使われる事となった。しかし、待っていたのは優牝クラス最下位という信じがたい結果だった。「一先ず休養し、夏まで力を蓄えよう」


6.仕上がり
 
 3歳になって2月を迎えた頃には素質はすべて引き出されていた。牧場で買われているキリンと仲が良く、そこから走法を学んだようである。「パラは埋まったが・・・これで勝てるのだろうか?」そんなメダルの不安は的中。16頭中9着と、またしてもどうしようもない程大敗してしまう。「これはいよいよ、夏まで勝てないぞ・・・POしないでくれよ・・・」


7.記録的連闘・・・そして・・・

 大敗ながらも初の一桁着順と良化の兆しを見せていたザールビューティ。上積みはないが、6月には状態が良くなっていたので出走する事となる。結果は自身最高とはいえ8着。勝利はまだまだ遠かった。すっかり体力が備わっていたので連闘するもまた8着。夏を迎え、さらに連闘が続く。5着。3着。2着。読んで字のごとく、着実に成績は上がっていく。
 

8.運命の日

フリレでは指数104~108を計測するも、いざレースになると90しか出せないザールビューティ。夏も終わりかけの8月3週なった頃には何と6連闘目を迎えていた。これで9戦目ながら人気は4番人気。それでも過去最高の人気だった。いつものように果敢に逃げるが、定番の逆噴射の様子はない。最後は苦しむも、見事逃げ切って1着。この時の馬主の喜びはGⅠ勝利にも匹敵するものだったという。
 

9.引退

 過酷な連闘が災いし、引退を余儀なくされたザールビューティ。繁殖入りはしておらず、気がつけば消息不明になっていた。おそらくだが、競争生活には2度と戻るまいと思っての行動だろう。
 「メダル牧場の最弱馬は?」という質問に誰もが「ザールビューティ」と答えるような競争成績だったが、ただ一つ誰にも破られていない記録がある。’’6連闘で初勝利’’これは終世まで語り継がれるべき立派な記録である。









10.美しく流れ続ける

 この話にはもう一つ語っておかなくてはならないエピソードがある。というのも5Sになってザールビューティの全妹が誕生していると言うのだ。どうやら馬主のメダルはこの配合に相当な思い入れがあったらしい。つい先ほど、その仔を取材してきたので見ていただきたい。




 どこかへと旅立ってしまったザールビューティもきっとこの仔の活躍を見てくれるのではないかと思う。

拍手

というわけでまたまた始まりました。
このシリーズはメダル牧場の名馬について記録していくものです。名馬といっても単純に競走成績を残した馬ではなく、様々な観点から見て個人的に名馬だと思う馬の特集です。


ちなみに発端はコレ
http://medal.blog.shinobi.jp/Date/20110128/1/
(メダルのうましか生活より第44話「ロンメダル物語」)


この時は通常の日記に追記という形でしたが、このブログも結構回数が重なってきたので、カテゴリを分類しようというわけです。



メダルダブルリーチ~初心者馬主故に誕生した稀代のウルトラタフ馬
(金枠父セクレタリアト×システムクリフジ)

生涯成績 9戦5勝 

1.誕生

あれは忘れもしないゲーム開始週の事・・・競馬伝説のインストールとアップデートを無事に終えたメダル。チュートリアルの存在すら知らず、ただひたすらに攻略サイト等を読みあさる。どう生産したら強いのが出そうなのかもわからず、とりあえず初心者おすすめ配合になっていたセクレタリアト×クリフジに目をつける。

「ところでクリフジはどこで手に入れるんだろう?」

ふと、ショップを見ると400KPで売られているではないか。

「こんなに高いのか。まあシステム最上位だしそんなもんだよな。」

早速このクリフジを購入し、スペシャルボーナスと名づける。さらにどこからか入手した金枠のセクレタリアトと配合。こうして産まれたのが、メダルダブルリーチである。


2.幼少時代~デビュー前

幼名シークレットアローと名づけられたその仔は生まれて早々にして3歳を迎え、メダルダブルリーチに改名されると共に、よっしー牧場に預けられる事となる。成長が遅く、やんちゃな日々が続いたのでそのまま種牡馬入りの噂も囁かれる中、ある日評価が一変する。ウルトラタフの取得。始めたばかりの馬主にとっては格好の星稼ぎ材料である。自家生産唯一の3歳にして最高の期待馬。夏になり、メダル牧場に返された時には体力系アビリティ4種が揃っていた。


3.デビュー~体調不良

牧場に帰ってから1週間が経ち、ちまたではウルトラタフ所有馬の活躍が目に付く。当時のメダルは自家生産の2歳馬ばかり所有していた為、レースが無くつまらない日々を送っていた。そんな時に帰ってきた期待馬とあっては早速レースに出さずにはいられない。なんと放牧明け1週でやんちゃコメントのまま馬体調整さえロクにしない状況でデビューを迎える事になる。騎手の表パラさえまともに育っていない状況で勝てるはずもなく、結果は3着。この敗戦への反省がその後の馬主生活に多大な影響を及ぼす事になる・・・普通ならそのはずであるが・・・。


4.初勝利~弱点露呈

レース後は当然しっかり育成していくものと思われたが、ここでメダルは連闘を選択。またもや同じ事を繰り返すのか?いや、そうでは無かった。今度は勝算がある。ウルトラタフ+骨太所有馬は、レースの際に見える疲労、見えない疲労共に一切影響を受ける事はないという事実を知っていたのだ。「体重と調子さえ合っていれば力を出し切れる」そんな確信があっての出走。一見まともに思えなくもないが、この馬の成長型は普通。肝心のパラはというとオールC~Dになった程度なのだから、デビューなんてとんでもない話である。結果として勝つには勝ったが、優牝クラスにしてはレース内容が非常に危ういものであった。おまけに直後に併せ×まで取得し、積極的に相手に先頭を譲る優しい子へと育っていった。そんな折、再びよっしー厩舎への派遣話が持ち上がる。期待馬の併せ馬として。


5.克服~限界突破

よっしー厩舎でビシバシと併せ相手を重ねる日々。しかし先頭を譲る癖は一向に直らない。これは競走馬としては致命的である。「夏シーズンに入る前に何としても直さなければ・・・」そんな馬主の思惑でメダル厩舎へと戻ったダブルリーチは3回に及ぶ突破カードでの克服チャレンジでようやく闘争心を取り戻す。これで準備は万端だ!


6.連闘~敢闘賞

夏本番を前に上がり馬補正を拾う為2戦程消化するダブルリーチ。ピークを迎えて充実しているだけに、多少の連闘はお手の物。しかし待っていたのはそんな想像をはるかに超えた起用法だった。

7月1週・3週・8月1週・3週・9月2週

これは4歳夏にレースを走った週であり、5レースは夏期間に出られる最大のレース数でもある。最後こそ連闘ではないものの、1週の猶予があったのみ。そして結果的に9月2週が引退レースとなった。これだけ酷な使われ方をしながらも、5勝をあげ、複勝を外したのはラストランだけという安定感があったメダルダブルリーチはこの度無事に種牡馬となった。


7.余生~繁殖生活

今後は、セクレタリアト産駒では貴重な遺伝Sの種として、そしてメダル牧場にとってこの世代唯一の生き残りとして、自身が叶えられなかった重賞制覇の夢を産駒に託してほしい。


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